地震で亡くなった人の8割は、揺れが原因ではなかった

介護の知識

2016年の熊本地震で亡くなった方は、270人でした。

そのうち、建物の倒壊など地震の揺れによる直接の死者は50人。残りの215人——約8割は「災害関連死」でした。

この数字を知ったとき、私は災害への見方が変わりました。地震そのものより、そのあとの生活で亡くなる人のほうがはるかに多いのです。

災害関連死とは何か

災害関連死とは、建物の倒壊や津波などで直接亡くなったのではなく、避難生活の負担や環境の悪化によって亡くなることを指します。

避難所で体調を崩して肺炎になる。車中泊で血栓ができる。持病が悪化する。ストレスで心臓に負担がかかる——こうした死が、災害による死として認定されます。この考え方は1995年の阪神淡路大震災をきっかけに生まれました。

熊本地震の災害関連死を分析すると、原因の約6割が呼吸器・循環器の疾患、約4割に地震のショックや余震への恐怖といった精神的ストレスが関わっていたとされています。

犠牲になるのは、高齢の方

ここが、介護に関わる者として見過ごせない点です。

熊本県の調査によると、災害関連死で亡くなった方のうち70歳以上が169人。全体の約8割を占めていました。

つまり——災害関連死とは、ほとんどが高齢者の死だということです。

理由は想像がつきます。避難所の硬い床で眠れない。トイレが遠くて水分を控える。慣れない環境で混乱する。持病の薬が手元にない。もともと体力の余裕が少ないところに、これだけの負担が一度にのしかかる。

現場の肌感覚として、高齢の方は環境が変わるだけで一気に弱られることがあります。入院で数日寝ているだけでも歩けなくなる方がいるくらいです。避難所生活が何週間も続けば、何が起きるかは想像に難くありません。

エコノミークラス症候群という危険

災害関連死の中でも、繰り返し問題になるのがエコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)です。

狭い場所で同じ姿勢を続けると、足の静脈に血の塊——血栓ができます。それが立ち上がった拍子に流れ出し、肺の血管を詰まらせると、命に関わります。

熊本地震では車中泊をしていた方に多く発生しました。プライバシーが保てる、ペットがいても気兼ねしない、余震が怖くて建物に入れない——車中泊を選ぶ理由はどれも切実です。でも、その環境が危険を生みます。

予防は、難しいことではありません。

  • こまめに体を動かす——足首を回す、つま先立ちをする、ふくらはぎを揉む
  • 数時間おきに外に出て歩く——短い距離でも効果があります
  • 水分をしっかりとる——トイレを気にして控えるのが最も危険です
  • 足を組まない、締めつける服を避ける
  • 可能なら足を伸ばせる姿勢で寝る

特に水分を控えないこと。これが最も大切で、最も守られにくい点です。避難所のトイレが不衛生だったり遠かったりすると、人は自然と水を飲まなくなります。携帯トイレの備えは、血栓の予防でもあるのです。

歯を磨かないことが、命に関わる

私が最近知って驚いたのが、口腔ケアと災害関連死のつながりです。

歯磨きやうがいをしないことが、肺炎につながる。そんなことがあるのかと思いましたが、事実でした。阪神淡路大震災では、震災関連死の死因の4分の1が肺炎だったとされています。

仕組みはこうです。口の中には細菌がいます。歯を磨かず、うがいもできない状態が続くと、その細菌が一気に増える。増えた細菌を唾液と一緒に飲み込み、それが誤って気管に入ると——誤嚥性肺炎です。

高齢の方は飲み込む力が弱っていることが多く、寝ている間に少しずつ唾液が気管に入ることもあります。避難所で体力が落ちていれば、抵抗力も下がっています。条件がすべて揃ってしまうのです。

避難所では、なぜ口腔ケアができなくなるのか

理由は単純です。

  • 歯ブラシがない——避難時に持ち出す物のリストから漏れがちです
  • 水が使えない——飲み水すら貴重なのに、うがいに使うのは気が引けます
  • 義歯を洗えない——外す場所も洗う水もなく、つけたままになります
  • 気持ちの余裕がない——生活の立て直しで頭がいっぱいになります

どれも責められることではありません。だからこそ、備える段階で手を打っておく必要があります。

水がなくてもできる口腔ケア

ここが、いちばんお伝えしたいことです。

水がなくても、歯ブラシで口の中を刺激するだけで効果があります。ブラシを動かすと唾液が出て、その唾液が汚れを落としてくれます。「水がないから磨けない」と諦める必要はありません。

用意しておくと役立つものはこちらです。

  • 歯ブラシ——まずこれ。非常用持ち出し袋に必ず入れる
  • 液体歯磨き(マウスウォッシュ)——口に含んで行き渡らせ、そのまま磨けばうがい不要
  • 歯磨きシート・口腔用ウェットティッシュ——歯ブラシが使えない方にも
  • ウェットティッシュ——義歯を拭くのにも使えます

どれも軽くてかさばりません。食料や水に比べれば、備えるコストはごくわずかです。それで肺炎が防げるなら、これほど効率のいい備えはありません。

日頃の口の健康についてはオーラルフレイルの記事にも書きました。ふだんから口の機能を保っておくことが、いざというときの体力にもなります。

避難所で高齢の方を見かけたら

もし避難所や車中泊の現場で高齢の方が近くにいたら、気にかけていただきたいことがあります。

  • ずっと同じ場所に座っていないか——遠慮して動かない方がいます
  • 水分をとっているか——「トイレが心配で」と控えている可能性があります
  • 食事が摂れているか——硬いものが食べられず、配給を残していることがあります
  • 薬を持っているか——「あと数日分しかない」と言えずにいる方がいます
  • 歯を磨けているか——歯ブラシがない、水がないと諦めている方が多くいます

「大丈夫ですか」ではなく、「お水、飲まれてますか」「少し歩きませんか」と具体的に声をかけるほうが届きます。

すべては「水」につながっている

ここまで書いてきて、あることに気づきました。

災害関連死の原因は、どれも水にたどりつくのです。

  • エコノミークラス症候群——トイレを気にして水分を控えるから起きる
  • 誤嚥性肺炎——水がなくて口をゆすげないから起きる
  • 熱中症——水分が足りないから起きる
  • 感染症——手を洗えないから広がる

水が確保できていれば、これらのかなりの部分が防げます。逆に言えば、水がないことが、命を削っていくということです。

前の記事に、上水道の復旧目標は約30日、能登半島地震では一部で断水が3か月以上続いたと書きました。いちばん長く困り、いちばん命に関わるのが水。備蓄を考えるとき、まずここに手を打つべきなのだと思います。

孤独が病を生む日常、集団が病を生む避難所

普段、私たちが高齢者の健康を考えるとき、心配するのは孤独です。閉じこもり、人と話さない、外に出ない。それが認知症やうつ、身体機能の低下につながる——介護の世界では常識です。

ところが避難所では、まったく逆のことが起きます。

大勢が一つの空間に詰め込まれ、プライバシーがないことが人を追い込むのです。着替えができない。いびきや物音で眠れない。トイレに行くのも人目が気になる。認知症のある方が声を出せば、周囲との軋轢が生まれる。

孤独が病を生む日常と、集団が病を生む避難所。この反転が、災害の特殊さを物語っていると感じます。

海外の避難所は、どうなっているのか

日本の避難所を「体育館に雑魚寝」と表現することがありますが、海外では事情が違います。

よく紹介されるのがイタリアです。災害が起きると、冷暖房付きの大型テント、簡易ベッド、キッチンカー、シャワー、洗濯コーナー、子どもの遊び場が整えられます。家族単位でテントに入るため、プライバシーが保たれます。

そこで言われているのが「TKB48」という言葉です。T=トイレ、K=キッチン(温かい食事)、B=ベッドを、48時間以内に整えるという考え方。人道支援の国際的な基準であるスフィア基準にも、避難所の環境について具体的な水準が示されています。

大きな違いは、誰が運営するかです。日本では被災した自治体が運営しますが、イタリアでは国と専門ボランティアが担います。被災した人が運営まで背負わなくていい仕組みになっているのです。

日本にも内閣府のガイドラインはありますが、努力義務のため自治体ごとの差が大きいのが現状です。

こうした知識が広まること自体に意味があると思います。「避難所とはこういうものだ」と諦めるのではなく、「もっと良くできるはずだ」という声が増えれば、設備や備蓄への予算もついてきます。

体力が削られる条件が、揃っている

もうひとつ、この夏の災害で気になっていることがあります。

暑さです。エアコンのない体育館で、真夏に過ごす。それだけで体力は奪われます。「体を動かして血栓を防ぎましょう」と言われても、この暑さの中で動くのは高齢者には過酷です。

そして食事。避難所の配給はおにぎりやパンが中心になりがちで、温かいものやたんぱく質は不足します。硬いものが食べられない方は、それすら残してしまいます。

栄養が足りないところに、動けと言われる。体を動かすためのエネルギーそのものが足りていないのです。TKBの「K=キッチン」が重視されるのは、こういう理由なのだと分かります。

避難生活は、体力が削られる条件がいくつも重なっている——そのことを知っておくだけでも、周囲への見方が変わると思います。

助かった命を、失わないために

揺れを生き延びた方が、そのあとの生活で亡くなる。これほど悔しいことはありません。

そして災害関連死の多くは、防げる可能性があった死です。水を飲む。体を動かす。薬を持つ。暖をとる。ひとつひとつは小さなことです。

そして、被災地の外にいる私たちにできることのひとつが寄付です。簡易ベッドも、冷暖房も、温かい食事も、すべてお金がかかります。避難所の環境を良くするには、そのための資金が要る——支援金という形で現場の活動を支えることには、確かな意味があります(義援金と支援金の違いはこちら)。

そして、備える段階でできることがあります。家庭でできる備えにも書きましたが、お薬手帳の写真を撮っておく、携帯トイレを用意しておく、車のガソリンを切らさない——こうした準備が、避難生活の質を変えます。

※本記事は一般的な情報提供です。持病のある方や体調に不安のある方は、医師の指示に従ってください。避難生活で体調に異変を感じたら、我慢せず医療スタッフや救護所にご相談ください。

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