「ここでいいから」
デイサービスの送迎で、車から降りた利用者さんにそう言われることがあります。玄関の前まで来て、あとは一人で入れるから、と。
その一言をそのまま受け取ってよいのか。それを考えさせる判決が出ました。
何があったのか
2023年12月、東京・墨田区のデイサービスを利用していた当時87歳の女性が、自宅のアパートに送迎されたあと、一人で2階に上がる途中の階段で転倒し、亡くなりました。
遺族は「施設側が付き添わなかったために事故が起きた」として、運営会社と代表に3,400万円あまりの賠償を求めて訴えを起こしました。施設側は「転倒を予測するのは困難だった」と争いました。
2026年9月18日、東京地方裁判所は「転倒の危険を予測する注意義務を怠った」として、施設側に1,800万円あまりの賠償を命じました。
分かれ目は「玄関で降ろしたこと」ではありません
この判決を「玄関で降ろしたら違法になる」と読むと、間違えます。
裁判所が問題にしたのは、施設が情報を持っていたのに、確認しなかったことでした。
施設側は、この女性について筋力の低下や、腰の骨折による入院歴が書かれた資料を受け取っていました。判決は、本人や親族に過去の転倒歴などを確認していれば体の状態は把握でき、危険は具体的に予測できたと指摘しています。
つまり分かれ目は、付き添ったかどうかの前に、「危ないかもしれない」と気づける材料を、確認して活かしていたかどうかです。
一方で裁判所は、本人や親族が転倒への不安を積極的に伝えていなかったことにも過失があるとして、賠償額を減らしています。これは施設だけの話ではない、ということです。
なお、これは1審の判決です。現場からは「そこまで求められるのか」という声も上がっています。ですが、受け取った情報を確認しないままにしていたという部分は、どの事業所にも当てはまります。
家の中の介助は、制度の上でも認められています
「どこまでやっていいのか」で迷う方もいると思いますが、制度上の答えはすでにあります。
2015年度の改定から、送迎のときに家の中で行った介助は、1日30分を上限にサービス提供時間に含められるようになりました。着替え、ベッドや車いすへの移乗、戸締りなどが対象です。
ただし、条件があります。
- ケアプランと通所介護計画の両方に位置づけること
- 一定の資格や経験のある職員が行うこと
- ほかの利用者を車内に待たせて行うことは認められない
ここが大事なところです。家の中までの介助は、職員個人の親切ではなく、計画にもとづく仕事にできます。計画に書いてあれば、職員によって対応が変わることもなくなります。
事業所としてできること
- 転倒歴・骨折歴を、本人と家族の両方に聞く:紙で受け取った情報を、口で確かめる。今回の判決が求めたのは、まさにここです
- 家の周りと中を見ておく:階段はあるか、手すりはあるか、段差はどうか。玄関から居室までの経路を一度は確認する
- 送迎でどこまで付き添うかを、契約書と重要事項説明書に書く:口約束にしない
- ケアプランと通所介護計画に位置づける:家の中の介助が必要なら、ケアマネジャーに相談して計画に入れてもらう
- 「ここでいいから」と言われたときの対応を、事業所で統一する:判断を職員個人に任せない
- 記録を残す:どこまで付き添ったか、本人が何と言ったか。記録は職員を守るものでもあります
- ヒヤリハットを共有する:「今日ふらついた」を、その日のうちに全員へ
私の事業所では、「安全が確保できるところまで付き添う」をルールにして徹底しています。どこで区切るかは人によって違いますが、その場の判断ではなく、あらかじめ決めておくことが大事だと考えています。
家族としてできること
- 不安は、遠慮なく伝える:今回、家族が不安を伝えていなかったことは賠償額が減る理由になりました。伝えなければ、事業所は気づけません
- 転んだことを隠さない:「先週、ふらついて尻もちをついた」は、事業所にとって一番大事な情報です
- どこまで付き添ってもらえるかを確認する:車を降りたところまでか、玄関の中までか、居室までか。契約のときに聞いてください
- 家の中の状況を伝える:階段がある、手すりがない、鍵が固い。伝えておけば対応が変わります
- 手すりをつけることを検討する:介護保険の住宅改修なら、限度額とは別枠で20万円まで使えます(介護保険の限度額はどれくらい使える?)
- 本人が「ここでいいから」と言うことを、先に伝えておく:これが一番効きます
「ここでいいから」の裏にあるもの
現場の肌感覚として、認知症のある方や、体に不安のある方ほど「ここでいいから」とおっしゃるように感じます。
理由はさまざまだと思います。
- 忙しそうだから、迷惑をかけたくない
- 次の人が待っているのに、悪い
- これくらい自分でできる
- 家の中を見られたくない
どれも、その方の大事な気持ちです。できることなら尊重したいと思います。
ですが、何が起きるかはわかりません。昨日まで一人で上がれていた階段で、今日転ぶことがあります。そして転んだあと、「ご本人がそう言ったので」は、理由になりません。
どこまで付き添うかは、その日の一言で決めない。事前に、家族と決めておく。
これが、この判決から現場が受け取るべきことだと思います。キーパーソンとなるご家族に、あらかじめこう伝えておきます。
「お母さまは『ここでいいから』とおっしゃることがあります。ですが私たちは、玄関の中まで一緒に入らせていただきます。ご了承ください」
先に決めておけば、断る側も、断られる側も気まずくなりません。本人の遠慮を、事業所と家族の約束が受け止める形になります。
まとめ
- デイサービスの送迎後、自宅の階段で転倒し亡くなった事故で、東京地裁が施設側に1,800万円あまりの賠償を命じた(2026年9月18日・1審)
- 問題にされたのは「玄関で降ろしたこと」ではなく、筋力低下や骨折歴の情報を持ちながら、確認しなかったこと
- 家族が不安を伝えていなかったことも過失とされ、賠償額は減額された
- 送迎時の家の中での介助は、ケアプランと通所介護計画に位置づければ、1日30分までサービス時間に含められる
- 事業所は対応を統一して記録に残す。家族は不安と転倒歴を伝える。そしてどこまで付き添うかを、事前に話し合っておく
送迎は、サービスの「おまけ」ではありません。利用者さんの一日の最後に、職員が関わる時間です。そこで何を確認し、どこまで見届けるか。その積み重ねが、事故を防ぎ、職員自身も守ります。
※本記事は2026年9月時点の報道内容をもとにしています。個別の事案の責任の有無は、状況によって判断が変わります。実際の対応については、契約内容やお住まいの自治体、専門家にご確認ください。

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