先日、事業所で「事故発生時とその後の対応」についての研修を行いました。
そこで最初に示されたのが、この前提でした。事故はゼロにはできない。
身も蓋もない話に聞こえるかもしれません。でも、これは諦めではありません。ゼロにできないと認めるところから、本当の対策が始まる——そういう話でした。
「気をつけます」では何も変わらない
ミスが起きたとき、現場でいちばんよく交わされるやりとりがあります。
「すみません、気をつけます」
「うん、気をつけてね」
この会話で、何かが変わったでしょうか。おそらく、また同じことが起きます。
人間は間違える生き物です。どれだけ真面目な人でも、疲れていれば判断が鈍り、焦っていれば確認を飛ばし、慣れてくれば「いつも通り」で流します。夜勤明けの頭で、朝と同じ精度を保てる人はいません。
介護現場でヒヤリハットが起きる要因として挙げられるのも、疲労、焦り、思い込み、慣れ。どれも「注意すれば防げる」類のものではありません。
だから、「注意する」を対策にしてはいけないのです。それは対策ではなく、願望です。
ではどうするか——ヒヤリハットを共有する
研修で示された答えは、明快でした。ヒヤリハットを皆で共有し、事故を予防する。これが最善だと。
背景にあるのがハインリッヒの法則です。1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリハットがあるとされています。
つまり、大きな事故が起きる前に、300回ものサインが出ているということ。そのサインを拾い、共有し、手を打てるかどうか。それが分かれ目になります。
そしてこれ自体が、仕組みづくりの一環だと思うのです。個人の注意力に頼るのではなく、組織として危険を見つける仕組みを持つ。ヒヤリハットの共有とは、そういうことなのだと理解しました。
なぜ、ヒヤリハットは上がってこないのか
ところが現場では、この報告がなかなか集まりません。
「うちは報告が少ない」「危険に気づいていないのではないか」——そう言う責任者の話も聞きます。中には「出ないのはおかしい」と職員を問い詰めるような場面もあるようです。
でも、私はそうは思いません。
職員は、気づいていないわけではない。報告するのが面倒なだけです。
日々の業務でいっぱいのところに、書類が一枚増える。書き方を考えなければならない。提出したら何か言われるかもしれない。——余計な仕事を増やしたくない。それが本音だと思います。
そしてこれは、無責任さの表れではありません。何も考えずに仕事をしているほど、無責任な人はいないというのが私の実感です。危ないと感じる場面には、みんな気づいています。気づいたうえで、報告というひと手間を天秤にかけている。それだけのことです。
だとすれば、責めるべきは職員ではありません。ひと手間が重すぎる、その仕組みのほうです。
出しやすく、見やすくする
報告が上がらないなら、上げやすくすればいい。話は単純です。
- 書く量を減らす——「いつ・どこで・何が」だけでいい。文章にさせない
- チェック式にする——選ぶだけで出せる形にする
- その場で出せるようにする——詰所まで戻らないと書けない、では出ません。スマホやタブレットから入力できれば理想的
そして見やすくすることも同じくらい大事です。
集めた報告がファイルに綴じられて棚に眠っていては、共有になりません。休憩室に貼り出す、朝礼で1件だけ紹介する、月に一度まとめて配る。「あの人もヒヤッとしていたのか」と分かるだけで、意識は変わります。
報告してくれた人に、何を返すか
いちばん大切なのは、ここかもしれません。
報告を上げても何も変わらなければ、職員は「書いても意味がない」と学習します。そして次から出さなくなる。当然のことです。
だから、返すこと。「報告ありがとう。あの手順、こう変えたよ」——これが返ってくると分かれば、報告は意味のある行為になります。
報告を増やしたいなら、増やせと言うのではなく、出した先に変化があると示す。遠回りに見えて、これがいちばん早い道だと思います。
仕組みを変えられるのは、上司だけ
ここで役割をはっきりさせておきたいと思います。
気づくのは部下、変えるのは上司です。
現場で危険に気づけるのは、そこにいる職員です。でも、手順書を書き換える権限も、物の配置を変える予算も、人員配置を動かす裁量も、部下は持っていません。仕組みを変える責任は、管理する側にあります。
たとえば「記録を忘れた」というミスがあったとき、本人にできるのは「なぜ忘れたか」を正直に言葉にすることまでです。
——申し送りの直後に呼ばれて中断した。戻ったときには次の業務が始まっていた。記録用紙が詰所にしかなく、取りに行く必要があった。
ここまで出てきて、はじめて上司の出番です。用紙を各所に置く。記録の時間を業務の流れに組み込む。中断が入りにくい時間帯に変える。そもそも紙をやめる。どれも「気をつける」より確実です。
仕組みを変える3つの段階
① 間違えられないようにする
いちばん強いのは、物理的に間違いようがない形にすることです。薬の袋に名前と顔写真を貼る。似た名前の方の部屋を離す。注意して見分けるのではなく、見間違えようがなくする。
② 間違えても気づける
それが難しければ、間違いが表に出る仕組みを。ダブルチェック、チェックリスト、声出し確認。
ただしダブルチェックは万能ではありません。「相手が見てくれるだろう」と互いに気が緩むことがあります。形だけになっていないか、時々見直しが要ります。
③ そもそも、その作業をなくす
見落とされがちですが、いちばん効くのはこれです。やらなくていい作業なら、ミスも起きません。二重に書いている記録はないか。誰も見ていない書類はないか。「なくす」は最強の対策です。
責めるのではなく、聞く
最後に、私自身が気をつけていることを。
ミスの報告を受けたとき、つい「なぜそうなったの?」と聞きたくなります。でもこの言い方は、相手には詰問に聞こえます。
「何が影響したと思う?」——同じことを聞いているのに、これなら相手は考えられます。GROWモデルの記事にも書きましたが、責めない問いかけのほうが、はるかに多くの情報が出てきます。
情報が出てくれば、仕組みを変えられます。ミスを減らしたい管理者ほど、ミスを責めてはいけない——逆説のようですが、現場ではそのとおりだと感じています。
まとめ
- 事故はゼロにできない。認めるところから対策が始まる。
- 人は必ず間違える。「注意する」は対策ではなく願望。
- 1件の重大事故の背後に300のヒヤリハット。サインを拾えるかが分かれ目。
- 報告が出ないのは、気づいていないからではない。ひと手間が重いから。責めるべきは仕組みのほう。
- 書く量を減らす、その場で出せる、そして見やすく共有する。
- 報告してくれた人に「こう変えた」と返す。それが次の報告を生む。
- 気づくのは部下、変えるのは上司。「なぜ?」ではなく「何が影響した?」と聞く。
事故をゼロにはできません。でも、同じことを二度起こさない職場にはできます。その差を作るのは、個人の気合いではなく、仕組みです。


コメント