通勤時間の話が、ニュースになっていました。
神奈川県に住む人が生涯で通勤に使う時間は、8.3年分の労働時間に相当する——そういう試算です。数字を見て、しばらく考え込んでしまいました。
ただ、この記事で書きたいのは「通勤時間を減らしましょう」ではありません。減らせない人のほうが多いと思うからです。そのうえで何を考えるか、という話をします。
生涯で8.3年分という数字
総務省の社会生活基本調査をもとにした試算です。往復の通勤時間を都道府県別に見ると、こうなっています。
- 全国平均:79分
- 神奈川:100分(最長)
- 東京・千葉:95分/埼玉:94分
- 山形・宮崎:56分(最短)
最長と最短で1.8倍の差があります。これを積み上げると、神奈川では年間およそ408時間。労働日に直すと51日分です。25歳から65歳まで40年働けば、通勤に使う時間は約16,330時間。
働いている時間の20.8%を、移動に使っている計算になります。
全国平均でも約12,900時間、労働時間の16.5%です。誰にとっても小さくない数字だということです。
それでも、通勤時間は簡単に減らせない
この手の記事は「職場の近くに引っ越しましょう」で終わりがちです。でも、それができる人がどれだけいるでしょうか。
地方では、そもそも働く場所の選択肢が限られています。通える範囲に職場がいくつもあるわけではなく、条件に合う仕事を選べば、通勤距離は自動的に決まってしまう。近いところに移りたくても、移る先がありません。
住まいのほうも同じです。
- 実家に住んでいる、あるいは持ち家がある
- 子どもの学校を変えたくない
- 親の様子を見に行ける距離に住んでいる必要がある
介護の相談を受けていると、3つ目の理由で住む場所を動かせない方によく出会います。職場に近づけば、親の家から遠くなる。何かあったときに駆けつけられない。それを考えると、通勤時間のほうを引き受けることになります。
ですから私は、「通勤時間はかかるもの」という前提から考えたほうがいいと思っています。減らせる人は減らせばいい。減らせない人が、その数字を見て落ち込む必要はありません。
時間は、この世で唯一平等なもの
ここからが本題です。
「時間がない」という言葉を、よく聞きます。私も言います。でも考えてみると、時間だけは誰にでも同じだけ与えられています。お金も、才能も、家庭環境も、健康状態も人によって違う。1日24時間だけが、全員に等しくあります。
だとすれば、差がつくのは量ではなく使い方のほうです。
通勤の1時間も、使い方は選べます。音楽を聴く、本を読む、何も考えずぼんやりする。どれも立派な使い方です。大事なのは「その時間で自分は何を得たか」を意識しているかどうかだと思います。
意識しないまま過ぎると、その1時間はただ削られた時間になります。同じ1時間なのに、扱いひとつで残るものが変わる。ここは自分で決められる部分です。
「できなかった」を「こうできた」に置き換える
休みの日に、あれをしよう、これをしようと考えます。そして、できないまま1日が終わります。
洗車をするつもりだった。本を読むつもりだった。片づけをするつもりだった。結局どれもせず、気づいたら夕方になっている。そんな日に、自分を責めてしまうことがあります。せっかくの休みを無駄にした、と。
そんなとき、こう考えるといい——という話を聞いたことがあります。
「今日はゆっくり過ごすことができて、リフレッシュできた」
起きた事実は、まったく同じです。予定していたことをせず、家で過ごした。それだけです。違うのは、その1日をどう受け取るかだけ。
「できなかった」と数えると、休んだこと自体が失敗になります。「こうできた」と数えれば、休息という成果が残ります。体は同じだけ回復しているのに、気持ちの残り方がまるで違う。
これは、ごまかしではないと思っています。疲れているときに休むのは、正しい時間の使い方です。それを失敗として記録してしまうほうが、事実とずれています。
時間単価という考え方
もうひとつ持っておきたいのが、自分の1時間はいくらかという感覚です。
年収400万円で年間2,000時間働くなら、1時間はおよそ2,000円。この数字を持っていると、判断が変わります。
- 2時間かけて安い店を回るより、近所で買って残りを別のことに使う
- 食洗機や乾燥機で毎日30分浮くなら、年間180時間分の価値がある
- 疲れ切った帰り道は、タクシーを使う日があってもいい
お金で時間を買うという発想です。節約は大事ですが、時間を削って数百円を得るのは、割に合わないことがあります。
ただし、すべてを時間単価で測る必要はありません。家族と過ごす時間、何もしない時間、遠回りして歩く時間——効率で測れないものにこそ、生活の質は宿ります。この考え方は、あくまで判断に迷ったときの物差しです。
現場で聞く、時間の話
高齢の方と話していると、時間の話になることがあります。
「もっと旅行しておけばよかった」「働いてばかりだった」——そういう言葉を聞くと、こちらも考えさせられます。時間だけは、あとから取り戻せません。
ただ、同じくらい印象に残るのは、穏やかに振り返る方たちです。「あの頃は忙しかったけど、よくやったと思う」「子どもを育てられたのは良かった」。特別なことをしてきたわけではありません。できたことを数える習慣が、その方の中にあるのだと思います。
できなかったことを数えるか、できたことを数えるか。その差が、何十年か積み重なった先に出てくる——そんなふうに感じています。
まとめ
- 往復の通勤時間は全国平均79分。神奈川は100分で、最短の山形・宮崎56分とは1.8倍の差
- 生涯では約16,330時間=8.3年分の労働時間。働く時間の20.8%にあたる
- ただし通勤時間を減らせない事情は多い。地方の職場の少なさ、実家や持ち家、子どもの学校、親の介護
- 減らせないなら、時間そのものへの考え方を変える。時間はこの世で唯一、全員に平等
- 大事なのは長さではなく、その時間で何を得たかを意識しているか
- 休みの日に何もできなくても、「できなかった」ではなく「ゆっくり過ごせた」と数える。事実は同じで、受け取り方だけが違う
- 時間単価を持っておくと判断が変わる。ただし効率で測れないものもある
8.3年という数字を見て、「無駄にしてきた」と思う必要はないと思っています。その時間に音楽を聴き、考えごとをし、一日の切り替えをしてきたのなら、それは使った時間です。
減らせないものを嘆くより、手元にある時間をどう受け取るかを選ぶ。そのほうが、ずっと現実的で、ずっと気持ちが楽になります。
あなた自身が、あなたの人生を一番素敵にできる人です。
参考:総務省「社会生活基本調査」をもとにした通勤時間の試算(Business Insider Japan、2026年9月5日)

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