「介護にはお金がかかりますよ」と言われて、民間の介護保険をすすめられたことはありませんか。
先に立場を書いておきます。私は民間の介護保険を優先しません。「絶対に不要だ」と言うつもりはありません。必要な人もいます。ただ私自身は、保険料を払い続けるより、自分で介護資金を作るほうを選びます。
ケアマネジャーとして介護の現場にいる立場から、その理由をお話しします。
まず、介護にいくらかかるのか
生命保険文化センターの調査(2024年度)では、介護費用の実態はこうなっています。
- 一時費用(住宅改修や介護用品など)——平均47.2万円
- 月々の費用——平均9.0万円(在宅5.3万円/施設13.8万円)
- 介護期間——平均4年7か月
単純計算すると、総額で約540万円。決して小さな額ではありません。
この数字を見せられると、多くの方が「保険に入らないと」と考えます。でも——この540万円を、まるごと自分で負担するわけではありません。
公的介護保険には、負担を抑える仕組みがある
現場で仕事をしていて実感するのは、日本の公的介護保険は、思っている以上に手厚いということです。
まず、自己負担は原則1〜3割。サービス費の大部分は保険でまかなわれます。
そして、そもそも使える上限額が決まっています。いちばん重い要介護5でも月およそ36万円分。1割負担なら自己負担は約36,000円です。限度額いっぱいまで使っても、この程度に収まる——ここは意外と知られていません。
さらに、負担が重くなる方には別の仕組みが用意されています。
- 高額介護サービス費——1か月の自己負担に上限があり、超えた分は戻ってきます。特に住民税非課税の世帯では上限が大きく下がるため、必要なサービスを使えば自然に上限に達する設計です(詳しくはこちらの記事)
- 補足給付——所得や資産が一定以下なら、施設の食費・居住費が軽減されます
- 要介護3以上なら特別養護老人ホームの対象——比較的費用を抑えられる施設です
つまり、重度になったからといって、毎月何十万円も自腹で払い続ける仕組みではないのです。収入が少ない方ほど手厚くなるように、負担が過大にならない装置が制度の中に組み込まれています。
ただし、正確に書いておきます。要介護3以上でも、特養にすぐ入れるとは限りません。申し込みはできますが、必要性を踏まえて順番が決まります。全国で入所待ちの方がいるのが現実です。
保険を検討する前に、使い漏れている制度はないか
もうひとつ、強くお伝えしたいことがあります。
民間の保険を検討する前に、すでに使えるはずの制度を取りこぼしていないかを確認してください。介護のお金の相談を受けていると、「うちは対象じゃないので」と言われた方が、実は対象だったという場面が本当に多いのです。
代表的なものを挙げます。
- 障害者控除——要介護認定を受けている65歳以上の方は、手帳がなくても税制上の障害者として扱われることがあります。市区町村で「障害者控除対象者認定書」を取れば、所得税や住民税が安くなります
- 特別障害者手当——在宅で常時特別の介護が必要な方に、月およそ3万円の現金が支給されます
- 医療費控除——年間10万円を超えた分が控除対象。介護サービスの一部も含められます
- 介護休業給付金——家族が介護のために休むとき、賃金の67%が93日分
特に①障害者控除と②特別障害者手当は、名前に「障害者」とついているために「うちには関係ない」と思われがちです。でも実際には、歳を重ねて介護が必要になった状態そのものが対象になります。
詳しくはこちらの記事にまとめました。どれも申請しないともらえません。
民間保険の保険料を払う前に、すでに払っている税金や保険料から受け取れるものを、まず全部受け取る。順番としては、こちらが先だと思います。
保険料を払うより、自分の口座に貯める
ここからが本題です。
毎月数千円の保険料を、20年、30年と払い続ける。仮に月5,000円なら、30年で180万円になります。
その同じお金を、自分の口座に積み立てたらどうでしょうか。
ただ貯めるだけでなく、長期の積立投資に回した場合も試算しておきます。年3%と年5%で運用できたと仮定したケースです。
| 積み立て | 払込元本 | 年3%で運用 | 年5%で運用 |
|---|---|---|---|
| 月5,000円×20年 | 120万円 | 約164万円 | 約206万円 |
| 月5,000円×30年 | 180万円 | 約291万円 | 約416万円 |
月5,000円を30年、年5%で運用できた場合は約416万円。払い込んだ元本180万円に対して、増えた分が約236万円です。控えめに年3%で見ても約291万円になります。
先ほどの介護費用の目安が総額約540万円でした。同じ5,000円でも、保険料として払えば180万円が出ていくだけですが、積み立てれば介護費用の大部分に手が届く計算になります。しかも公的介護保険を使えば、実際の自己負担はここまで大きくなりません。
ただし、ここは正確に書いておきます。年5%は過去の実績をもとにした仮定であり、約束された数字ではありません。下がる年もありますし、お金が必要になったタイミングが下落局面と重なることもあります。だからこそ後で書くように、介護に使う可能性のあるお金は、全額を投資に回さないことが前提になります。
私が自己資金を選ぶ理由は、使い道が自由だからです。
民間介護保険の最大の弱点は、保険会社が定めた条件を満たさないと、自分のお金として戻ってこないことです。
保険は「要介護◯以上と認定されたら」といった条件で支払われます。認定が下りなければ出ません。
一方、自分で貯めた300万円なら——
- 介護が必要になれば、介護費に
- 病気になれば、医療費に
- 家の修理が必要なら、修理費に
- 何もなければ、旅行や日々の生活費に
- 使わずに終われば、そのまま家族へ
何にでも使える。これが決定的な違いだと思います。介護になるかどうか分からない未来に対して、使い道を限定しないお金を持っておくほうが、私には合理的に思えます。
そしてもうひとつ。保険会社は、集めた保険料をそのまま金庫に置いているわけではありません。国内外の債券や株式で運用し、その収益も含めて将来の給付にあてています。
つまり保険に入るというのは、運用そのものを避けているのではなく、運用を他人に任せて、そのかわり「条件を満たしたときに受け取れる権利」を買っているということです。保険料には、その仕組みを支える費用も含まれています。
これは悪いことではありません。自分では引き受けられない大きなリスクをみんなで分け合うのが、保険の本来の役割です。ただ、「投資は怖いから保険にしておく」という選び方をしていても、実は同じ市場に間接的に参加している——この構造は知っておいて損がないと思います(詳しくはあなたはもう投資をしているに書きました)。
では、どう備えるか
私が考える設計は、シンプルです。
- ① 生活防衛資金と介護予備費は、現金で持つ——数百万円を目安に
- ② それを超える余裕資金は、長期投資に回す
- ③ 介護が必要になったら、まず公的介護保険を使う
- ④ 不足分だけ、自分の資産から出す
大事なのは①です。介護に使う可能性のあるお金まで全額を株式にするのは危険です。必要になったときに暴落しているかもしれないからです。
「使うのが先のお金は投資、近いお金は現金」——この使い分けは年金や保険会社の運用と同じ考え方です。
それでも、民間介護保険が有効な場合
公平のために書いておきます。民間の介護保険が意味を持つ人もいます。
- まとまったお金をすぐに用意できない方——一時費用の平均は47.2万円。「急に50万円は無理」という状況なら、一時金の出る保険は安心材料になります
- 高額な有料老人ホームを希望する方——公的な軽減制度では、こうした施設の費用まではカバーされません
- 家族が介護のために働けなくなる可能性が高い家庭——公的介護保険は、家族の収入減までは補いません
- 資産を取り崩したくない方——「子どもに残したい」という価値観があるなら、保険料を払ってリスクを移す考え方も成立します
ここは価値観の問題なので、間違いだとは言えません。ただ、私はこう問いたくなります。
そのお金は、何のために貯めたのでしょうか。
老後のために貯めた資産なのに、介護になっても使わず、資産を守るためにさらに保険料を払う。それは、目的と手段が入れ替わっていないでしょうか。
この感覚は、投資の出口についての記事でも書きました。貯めることが目的になってしまうと、いざというときに使えなくなります。
若いうちの介護が心配なら、別の備えを
もうひとつ、丁寧に書いておきたいことがあります。
「若くして介護状態になったら」という不安です。公的介護保険は、40〜64歳の場合特定疾病が原因のときだけが対象になります。ここは確かに手薄です。
ただ、若い方にとって本当に怖いのは、介護サービス代そのものより、働けなくなって収入が数十年分失われることではないでしょうか。
その場合に頼れるのは、まず障害年金や障害福祉制度です。ただし障害年金は、保険料の納付要件と障害等級の要件があり、誰もが受けられるわけではありません。だからこそ、年金保険料はきちんと納めておくことが大切です。
そのうえで不足するなら、それは「介護保険」ではなく「働けなくなるリスク」として別に考えるべきだと思います。備える対象がずれていると、保険料は無駄になります。
お金は、シンプルにしておく
最後に、ケアマネとして強く感じていることを書きます。
高齢期のお金は、シンプルなほうがいい。
判断能力が落ちてきたとき、契約が複雑だと本人も家族も管理しきれません。医療保険、介護保険、年金保険、複数の証券口座、いくつもの銀行口座——本人が把握できなくなった資産は、誰も手を出せなくなります。
実際、認知症が進んだ方の金銭管理では、「何がどこにあるか分からない」ことが大きな壁になります。成年後見制度を使うにしても、財産の全容が見えなければ手続きは進みません(身寄りのない方の問題はこちら)。
公的制度+預貯金+シンプルな資産。これくらいのほうが、本人にとっても、家族にとっても扱いやすい。私はそう考えています。
まとめ
- 介護費用は一時費用47.2万円、月額9万円、期間4年7か月(総額約540万円)。ただし全額自己負担ではない。
- 公的介護保険には自己負担割合、高額介護サービス費、補足給付など負担を抑える仕組みがある。
- 保険を検討する前に障害者控除・特別障害者手当・医療費控除・介護休業給付金など、使い漏れがないか確認する。
- 保険料を払うより自分で貯めれば、介護以外にも使える。使い道を限定されないのが最大の強み。
- 月5,000円は30年で保険料180万円。同じ額を積み立てれば年3%で約291万円、年5%なら約416万円(元本保証はない)。
- 設計は「生活防衛資金・介護予備費は現金 → 余裕資金は長期投資 → 公的保険を使い → 不足分だけ自己資金」。
- ただし、貯蓄が少ない方、高額施設を望む方、家族の収入減が心配な方には、民間保険が意味を持つ場合もある。
- 若年の介護が心配なら、それは「働けなくなるリスク」として別に考える。まず年金保険料を納めておく。
- 高齢期のお金はシンプルに。複雑な契約は、本人も家族も管理できなくなる。
※本記事は2026年8月時点の個人の考えに基づく情報提供であり、特定の保険商品への加入・解約を推奨するものではありません。必要な保障は、家族構成・資産・健康状態によって異なります。制度の詳細や負担軽減の要件は、お住まいの市区町村や担当のケアマネジャーにご確認ください。投資は自己責任のもとで行ってください。
保険に入るかどうかを決める前に、「自分では耐えられない金銭的損失は何か」を考えてみてください。そこが分かれば、必要な備えの形も見えてきます。

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