「犬を飼っている高齢者は、認知症になりにくい」——そんな研究があります。しかも数字がかなり大きい。
ただ、この結果を「認知症になりたくないから犬を飼おう」と読むのは、かなり危ういと思っています。犬は予防のための道具ではありませんし、お金もかかります。
今回は、この研究の正しい読み方を整理します。結論を先に書くと、動物が苦手な方は、犬を飼わなくてもまったく問題ありません。
研究が示していること
東京都健康長寿医療センターの研究チームが、65〜84歳の11,194人を4年間追跡した調査です。犬を飼っている人とそうでない人で、背景となる条件をそろえたうえで比較しています。
- 犬を飼っている人は、認知症の発症リスクが約40%低い
- 運動習慣がある犬の飼い主——63%低い
- 社会的な孤立がない犬の飼い主——59%低い
- 猫の飼育では、統計的に意味のある差は出なかった
ここで大事なのは、これが観察研究だということです。犬を飼っている人と飼っていない人を比べただけで、「犬を飼わせたらどうなるか」を試したわけではありません。関連があることは示せても、原因だと証明したわけではないのです。
犬が防いでいるのではなく、犬が「理由」を作っている
この研究でいちばん答えに近いのは、猫で差が出なかったという部分だと思います。
猫も同じように可愛く、同じように世話が必要で、同じように癒やしをくれます。ではなぜ、犬だけ差が出たのか。
猫は、散歩に行かないからです。
63%と59%という数字も、同じことを示しています。効いているのは「運動」と「人との交流」であって、犬そのものではありません。
犬を飼うと、雨の日でも外に出ることになります。気分が乗らない日も、体が重い日も、犬は待ってくれません。散歩に出れば、近所の人と挨拶を交わします。同じ時間に歩いている飼い主同士で、顔なじみもできます。
つまり犬は、自分の意思に関係なく、外に出て人と関わることになる仕組みを毎日作ってくれているわけです。孤独死について書いた記事でも触れましたが、高齢期に効いてくるのは年齢よりもつながりがあるかどうかです。
「認知症になりたくないから飼う」は危ない
ですから、この研究を予防の手段として受け取るのは順番が違います。理由は2つあります。
ひとつは、お金です。
アニコム損害保険の2025年の調査では、犬にかける年間の支出は平均413,416円。うち治療費が89,120円を占めます。15年生きるとすれば、単純計算で600万円を超えます。ここに購入費用やワクチン、不妊手術などの初期費用は含まれていません。
しかも動物には公的な医療保険がありません。手術が必要になれば、数十万円が一度に出ていきます。高齢の犬には介護も必要になります。これは老後資金とは別に用意すべきお金だということです。
もうひとつは、飼えなくなったときのことです。
介護の現場でよく出会う場面があります。入院や施設入所が決まったとき、犬の行き場がない。親族に頼めず、預け先も見つからず、話が止まってしまう。
そして、こう言われることがあります。「この子がいるから、施設には入らない」と。気持ちはよく分かります。ですが、必要な医療や介護を先延ばしにする理由になってしまうと、話が変わってきます。
認知症を防ぎたくて飼った犬が、必要なケアを受けない理由になる。これでは本末転倒です。
それでも、好きなら飼っていい
ここまで書きましたが、動物が好きな方が飼うという選択は、尊重されるべきだと思っています。
現場で感じるのは、守るべき相手がいると、人は驚くほど頑張れるということです。自分のためだけなら起き上がれない朝でも、「この子にごはんをあげないと」と思えば布団から出られる。自分の食事は適当でも、犬の散歩は欠かさない。そういう方を何人も見てきました。
これは統計には表れにくい部分ですが、生活を続ける力としては、かなり大きいと思います。
ですから、飼うなら備えとセットにしてください。
- 自分が入院したとき、誰に預けるかを決めておく
- 飼えなくなったときの引き取り先を考えておく
- 年間40万円前後という費用を、老後資金とは別に見込んでおく
- 犬の寿命と、自分の年齢を照らし合わせておく
ここまで決めてあれば、飼うことはとても良い選択だと思います。
動物が苦手な人は、どうすればいいか
結論から言えば、何も心配ありません。
効いているのは犬ではなく、犬がもたらしていた行動でした。ならば、その行動だけを別の形で用意すればいいということになります。
- 毎日、外に出る理由を作る——買い物、図書館、畑、決まった時間の散歩でもかまいません
- 人と話す機会を、予定として持つ——通いの場、地域の活動、趣味の集まり
- 働き続ける——収入のためだけでなく、人と関わる機会として
大事なのは、「気が向いたら」ではなく、断りにくい形にしておくことです。犬の散歩が強かったのは、こちらの都合で休めないからでした。予定として決まっていること、誰かが待っていること。そういう仕組みのほうが続きます。
犬はその仕組みのひとつであって、唯一の方法ではありません。
まとめ
- 65〜84歳の11,194人を4年追跡した研究で、犬の飼い主は認知症リスクが約40%低かった
- ただし観察研究であり、因果関係が証明されたわけではない
- 猫では差が出なかった。効いているのは犬そのものではなく、運動と人との交流(運動習慣ありで63%、孤立なしで59%低減)
- 犬にかかる費用は年間平均413,416円(うち治療費89,120円)。15年なら単純計算で600万円超。公的な医療保険はない
- 入院・施設入所で行き場がなくなる問題がある。「この子がいるから施設に入らない」は本末転倒になりかねない
- それでも守る相手がいると人は頑張れる。好きなら飼っていい。ただし預け先・引き取り先・費用とセットで
- 動物が苦手なら、外に出る理由と人と話す機会を、別の形で用意すればいい
研究の数字は、行動を変えるきっかけとしては優秀です。でも数字をそのまま真似する必要はありません。大事なのは、その数字が何を測っていたのかを見抜くことだと思います。
今回でいえば、それは毎日外に出て、誰かと言葉を交わしていたことでした。犬がいてもいなくても、そこは自分で作れます。
あなた自身が、あなたの人生を一番素敵にできる人です。
参考:Taniguchi Y, et al. 「Protective effects of dog ownership against the onset of disabling dementia in older community-dwelling Japanese: A longitudinal study」(Preventive Medicine Reports, 2023)/アニコム損害保険「ペットにかける年間支出調査(2025年)」
※本記事は2026年8月時点の情報に基づく個人の考えです。紹介した研究は関連を示すものであり、因果関係を証明したものではありません。認知症の予防や治療については、医師にご相談ください。

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